株っと自転車日和

マイロード・マイペースでいきまっしょい!

「青春18きっぷ」リニューアルに思う

青春18きっぷ

2024年11月26日、JR各社から冬季の「青春18きっぷ」(以下、18きっぷ)が発売された。18きっぷは、毎年春・夏・冬の学生の長期休暇シーズンに発売される、JR全線の普通列車が5日間(or5人/日)乗り放題となる特別企画乗車券である。「鉄道ファン御用達」のきっぷでもあり、毎年楽しみに待っている方も多いだろう。

しかし、今シーズンはいつものワクワクとは違う、悲嘆の声で大騒ぎとなっている。

"改悪"騒ぎ

騒ぎの要因が、今年10月24日にJRグループから発表された18きっぷの大幅リニューアルである。リニューアルと言うと改善を思い浮かべがちだが、今冬の18きっぷに関しては全体的に改悪と捉えているファンがほとんどではないだろうか。変更内容を簡潔にまとめると、

の4点である。愛用者の視点から言うと、赤字がプラス評価、青字がマイナス評価といったところだろうか。要するに、改善点もあるが総合的に見てマイナス=改悪、といった評価が大勢を占めるのだろう。

自動改札機対応、北海道新幹線オプション券が新青森まで(から)利用できるようになったのは確かにプラスではある。シーズン中は乗換駅を中心に有人改札口が精算客と合わさって大混雑する光景は珍しくなかったし、コロナ禍を経て鉄道事業の省人化をより一層進めているJR側にとっても、確認作業でいちいち人手を要する18きっぷは会社の施策に逆行するような商品である。実際に、過去には自動改札機非対応という点を突いたきっぷの偽造事件があったり、市中の一部金券ショップで毎シーズンのように公然と再販売(1回~4回使用済みの物を利用者から額面価格未満で買い取り利益分を上乗せし販売)されていたりと、JRの立場からしても好ましくないと思われる事案もあった。また、北海道新幹線オプション券についてだが、従来の利用対象駅である「奥津軽いまべつ」は、上下14本/日しか停車列車がなく、しかも青森駅とを普通列車のみで行き来するにはさらに本数の少ない津軽線代行バスを乗り継ぎ利用しなければならず、旅行を計画する上で大きなネックとなっていた。これらの改善は、旅行者の利便性向上はもちろんのこと、JRにとっても課題解決の成果であると言えよう。

しかしながら、そんな改善点を帳消しにする程の"改悪"ポイントが今回の阿鼻叫喚を呼ぶきっかけとなってしまったようだ。

おそらく一番引っ掛かるのは「連続する5日間or3日間」かつ「1枚で1人まで」であろう。従来の18きっぷは、利用期間中であればいつでも1日間×5回、もしくはその5回を複数人でシェア(2人で2日間や5人で日帰り等)といった利用ができたのだが、今回新たに連続条件が加えられただけでなく、1枚の切符につき利用できるのは1人までという制限も明記された。これにより、毎週末にワンデイパスとして使うスタイルや、グループでの日帰り旅行等での利用は一切できなくなったのだ。実際にそのような需要がどれだけあるのかは知る由もないが、利用者目線ではっきりと言える事が一つだけある。それは、(本来のターゲットが長期休暇のある学生だったとはいえ)JRの普通列車を中心に利用して5日間連続で旅行する事自体が現代のニーズにまったく見合っていないということだ。近年、新幹線の延伸・新規開業が相次ぎ、並行在来線はJRから切り離され、18きっぷを利用できる区間はどんどん減っているし、指定席券を買い足せば18きっぷでも乗ることのできる夜行列車(快速)は全廃して久しい。首都圏を中心に週末に設定されていた観光目的の臨時列車も近年は軒並み特急へと格上げされた。それ以前に、肝心の普通列車ですらコロナ禍に減便したままの路線もあるほどだ。今までと同じ「鈍行旅」をするにしても周辺環境の制約がどんどん増えていっているのは明らかなのに、それに追い打ちをかけるような変更を、愛用者が素直にリニューアルと受け取ることは難しいのは間違いないだろう。

18きっぷ利用者に人気の夜行列車であった快速「ムーンライト」。繁忙期の増発列車も2010年代までは快速種別が多く、指定席券を買い足せば18きっぷで乗車することができた。

視点を変えればJR側にも同情が生まれる・・・か!?

と、利用者目線で見ればかなりネガティブな印象ばかりの今回のリニューアルだが、むしろ18きっぷを存続させるためにはやむを得ない変更だったと見る事もできる。なぜなら、自動改札機対応にする上で一番支障となるのが、まさに先述の「期間中に任意の日程で利用できる」18きっぷの特異性そのものだからである。

現在、JR6社で共通利用されている切符の原紙は裏面に磁気情報を書き込むタイプで、それを自動改札機が読み取って利用開始日や有効期間、利用区間、途中下車の有無等を判別している。書き込む情報のフォーマットは一般的な中長距離乗車券用に統一されており、イレギュラーな物に関しては同じ磁気券紙であってもあえて自動改札機非対応の切符として区別して発券している。そう、利用開始日を指定せず任意の5日間利用でき、また人数不特定の複数人が1枚をシェアする可能性のあった従来の18きっぷは、イレギュラー中のイレギュラーであり、自動改札機へ対応させることが困難だったのだ。要するに、18きっぷの「自動改札機対応」と「自由度の高い利用条件」の二つはトレードオフの関係で、元々両立は不可能なのである。

そう考えてみると、省人化を進めているJR各社が自動改札機対応をより重視するのもある意味当然の話であろう。もっとも、大義名分はあるにせよ、これまでの条件を大幅に変更するだけでは長年の利用者の反発を招きかねない。そこで、3日間用という一人旅向けに敷居を下げた商品も新たに追加したと推察される・・・が、世間の反応はもはや言わずもがな、である。

あまり取り上げられない「価格据え置き」

さて、ここまでは18きっぷが大幅にリニューアルされた部分について述べたが、ここからは逆になぜか変わらなかった部分、変わらないからなのか全然注目されていない部分についてだ。それが何なのかと言うと価格である。

現在の18きっぷは1982年に発売された「青春18のびのびきっぷ」を前身としている。当初のきっぷの内容は近年の18きっぷとはだいぶ異なるが、翌83年春季からは名称が現行のものに変更され、さらに84年夏季には早くも往年の効力に近い1日券5枚綴りに変わっている(5日分が1枚にまとまった現在のスタイルになるのは96年春季のことだ)。では、価格はどうなのかと言うと、84年夏季の時点では10,000円で、その後86年冬季に一度1,000円値上げされたことで11,000円になった。特筆すべき点はここだ。18きっぷは86年に11,000円に値上げされて以降、消費税増税に伴うものを除けば一度も値上げをしていないのだ。

詳しく見ていこう。89年夏季には同年4月に消費税3%が導入されたことにより11,000円→11,300円の値上げ。97年夏季は同年4月の消費税5%への改定に伴い11,300→11,500円の値上げ。その後、2014年夏季は同8%に改定で11,500→11,850円、19年冬季は同年10月の同10%への改定に伴い11,850→12,050円へと値上げされた。過去38年で4度の消費税導入・改定による値上げ幅は1枚あたり1,050円(消費税10%分)である。あえて説明するまでもないが、18きっぷが登場したのは昭和時代、国鉄時代である。この38年間で、国鉄分割民営化を経て、時代は昭和から平成、そして令和へと移り変わったが、18きっぷはそんな社会情勢に関係なく名目上は一切値上げをしていない。価格据え置きなのである。

18きっぷの価格比較画像

物価高がしきりに叫ばれる昨今、18きっぷはある意味では「物価の優等生」とも言うべき稀な存在ではないか。無論、鉄道の普通旅客運賃については、上限認可制のため下方硬直性が強く、公共交通機関であるという性格からも、消費税改定分を反映する以外では基本的に値上げはされていないのが現実ではある。しかしながら、あくまで特別企画乗車券である18きっぷは本来、ある程度自由かつ弾力的に価格設定をすることが可能だ。にもかかわらず、38年間も価格が見直されていない背景には何があるのか。それは、ひとえに18きっぷが持つ影響力の大きさと長年の利用者に対するJR側の配慮の表れではないかと思う。自動改札機に対応させつつ価格は据え置きにし、不便になった分は3日間用を用意することで影響を緩和した。利用開始日を指定した上で連続する5日間(3日間)という条件もこれまでの仕様に慣れている人ほど確かに厳しいと感じるが、1日あたり2,410円(3,334円)で乗り放題という破格さは変わらない。愛用者なら1日で元を取ることもこれまで通り可能ではないだろうか(笑)

今回、時代の変化に合わせて大幅にリニューアルされた18きっぷだが、それでもきっぷ自体は残すという選択肢をJRは選んだ。国鉄時代の遺産が次々と見直されていく中、形は変われど生き残ったのだ。この「まだある」という事実は、長年18きっぷにお世話になった(なっている)人ほど重く受け止め、そして僅かながらも希望を感じているのではないか。少なくとも一愛用者だった私はそのように思っている。